家に帰ってきてからは、まず、カオス子たちのことを、はぐはぐ、ぎゅーした。
自分はもうそこそこの切り絵の経験を積んだ。そのなかで自分なりにこだわりを持ったり極意をつかんだりすることもあった。
自分が切り絵をやるうえで一番こだわる点は作品の美しさだ。カオス子を切るならば、自分は、カオス子を美しくするために全ての力を使う。それが自分にとって「切り絵をする」ということだ。
そして自分は、作品がどのようにすればより美しくなってくれるか、いくつかのことを覚えた。箇所によってはなによりも勢いが大切だとか、男女で曲線の艶やかさに差をつけるべきだとか、白黒のコントラストは死ぬ気で考えねばならないとか、細かいことはいくつもある。
しかし一番大切なことは、これだ。

愛をこめて切ること。それだけだ。それが一番大事なんだ。
もちろん今回もちびカオス子たちを切るのに、全力で愛をこめて美しくした。
ただ……愛を込めるってことは、要するに、別れがつらくなるってことだ。
売るために切ったのに――もう、あと数時間で、この、1枚1枚手塩にかけたカオス子たちを里子に出すのだと思うと……。どうしてもさびしい。さびしくてどうしようもない。
ただ、カオス子たちが自分の手元から離れても――
彼らを切った事実は変わらない。自分の中に残る。クジャの表情で抜くのが毎回本当に気持ち良かったこと、えくたんの曲線を自分でも驚くほど上手に回すことができたこと、皇帝のへびたんに毎回命をかけたこと、セフィが切るたびにちがう雰囲気になってくれてとても楽しかったこと、最後の夜はみんなまとめてはぐはぐぎゅーしながら眠ったこと、経験も快楽も全部自分の中に残っている。
だから自分は、この思い出があれば、たぶん大丈夫だ。ひとり、私は思い出にはならないの何のと騒ぎそうな子もいるが、とにかく自分は、この数日、カオス子たちのおかげでとても充実した日々を送ることができ、毎日がとても楽しかった。
ならばその感謝をこめて、笑顔でみなを送り出すべきだ。うん……大丈夫、きっと大丈夫だ。
だいたいの荷造りは終わった。あとはちびカオス子たちをリュックに詰めるだけだ。
とりあえずこれから朝飯だ。
そのあと、もう一度だけみんなのことをはぐはぐぎゅーして、出発しよう。